「アジテート」
それはとても簡単な事だった。
ただ一度、ただ一度だけ、その先へ一歩足を踏み出すだけで良いのだから。
けれど彼はどうしてもその一歩を踏み出す事ができなかった。
僕は彼の耳元で囁く。
「早く楽になってしまえ」
いよいよ彼は踏み出した。
踏み出したまま、そのままの格好で彼は奈落の底へと堕ちてゆく。
もともとその先には足の踏み場など存在しなかった。
僕はそれを知っていた。
知っていて敢えて彼を唆したのだ。
僕は堕ちてゆく彼を笑いながら、その様を眺めていた。
それはとても単純な事だった。
ただ一度、ただ一度だけ、その先へ一歩足を踏み出すだけで良いのだから。
けれど僕はどうしてもその一歩を踏み出す事ができなかった。
彼は僕の耳元で囁く。
「今度はお前の番だ」
震えながら僕は踏み出した。
もがきながら、足掻きながら、僕は奈落の底へと堕ちてゆく。
もともとその先には足の踏み場など存在しなかった。
僕はそれを知っていた。
知っていて敢えて僕は唆されたのだ。
僕は堕ちてゆく僕を思いながら、大声で笑った。
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