「サンタに出会った夜」

サンタクロースが両親だとわかったのはいつだったろうか?
恐らく僕はかなり早い時期からそれを知っていて、
それでもプレゼントがもらえるからと言う理由で、靴下をつるしていた。
サンタクロースなんていやしない。
クリスマスの意味がわからない。

*

心も凍りそうな夜。

僕はサンタに出会った。

*

それはいつも何気なく通り過ぎるビルの入り口だった。
僕はその姿を見たとき、真っ先に宅配ピザの配達員だと思った。
こんな時間にあんな格好でうろつく輩といえばそのくらいしか思いつかない。
だいたい、そうでなければ怪しすぎる。

*

こんな遅くまで働くとは、随分景気のいい話じゃないかと何事も無くすれ違おうとした瞬間、その配達員は言った。

「メリークリスマス」

僕はその配達員から発せられた声質に思わず体が固まった。
明らかに年寄りのそれだったからだ。
僕は立ち止まり、彼の顔を見る。
・・・深く刻まれた皺、白い髭、優しくつぶらな瞳。

「・・・。」

「こんばんわ。」

「あ、こんばんわ。」

呆然と立ち尽くす僕に優しく声をかける。

「どうかしましたか?」

「あ、いや、その、あなたは?」

見ず知らずの男に突然話し掛けられ、
しかも僕の予想だにしなかった風貌だったが為に、
僕は明らかに動揺していた。

「私ですか?サンタクロースです。ご存知でしょう?」

・・・。
サンタクロースだと。笑わせやがる。
僕はそんな事を聞いているんじゃない。

「いや、そうじゃなくて。こんな時間にそんな格好で何をされているのかと。」

「はい。ですから、子供達にプレゼントを配っています。」

・・・。何が「ですから」だ。
サンタですから子供達にプレゼントを配ってるとでも言うのか。
馬鹿馬鹿しい。

「それは大変ですね。がんばってください。」

僕は変人に付き合っているほど暇じゃない。

*

「6歳のクリスマス、あなたの作った紙の靴下は随分大きかったですね。」

僕が歩き始めると、彼はゆっくりとそう言った。

蘇る幼い日の記憶。
もういつのクリスマスだったか覚えていない。
けれど僕はあのとき確かに、とびきり大きな紙の靴下を作った。
それはとても靴下には見えない、けれども大きさだけは立派な、画用紙でできた靴下。

「あなたは何故それを?」

僕はもう振り返る事も出来ない。

「何度も言わせないで下さい。私がサンタクロースだからに決まっているでしょう。」

「そんな・・・。そんな事を言われても・・・。」

ダメだ。こんな子供だまし。何をうろたえている。

「ま、信じて貰えなくてもいいんですが。」

「・・・。」

*

「近頃、夢さえ見れないまま大人になってしまった可哀想な人が多いんです。
だからこうやって大人にもプレゼントを配るようにしてるんですよ。」

「僕に、プレゼントを?」

「はい。とはいえ、モノではありませんよ。大体、本当に欲しいモノなんてないでしょう?」

「じゃあ、何を?」


「夢です。」


「夢?」

「そう。私がこうやってあなたの前に現れた。夢がある話だと思いませんか?」

「これは、・・・。これは夢なんですか?」

「さぁ、あなた次第ですかね。」

「そんな・・・。」

「では、確かにプレゼント、渡しましたからね。」

「ちょ、ちょっと待って!」

*

僕は慌てて振り返る。
けれどそこに彼の姿は無かった。
僕はまるで狐につままれたような顔をして、しばらくその場で立ち尽くしていた。

「夢・・・か。」

それはとても寒い夜だった。
僕は彼の言っていた大きな靴下を思い出し、
幼い日々の記憶達に思いを馳せた。